計算物性工学研究室Computational materials physics and engineering

研究内容

私たちの研究室は、計算機シミュレーションによりマテリアルの性質を明らかにしていきます。
そして、計算物質科学から産業応⽤につなげていくことを⽬指しています。

1. パワーデバイスへの応用に向けたSiCおよびGaNの科学的性質の解明・予測

図1: SiC微斜表⾯上の波打った形状のステップの原⼦構造[K.Seino and A. Oshiyama, Appl. Phys. Exp. 13, 015506 (2020).]

 低炭素・脱炭素のための技術としても⼤いに期待されるパワーエレクトロニクスにおいて、現在はSiを原料とするデバイスが主流です。シリコン(Si)パワーデバイスの性能を超える物質を⽤いることで、デバイスの性能向上やさらなる省エネルギー化が可能であり、その候補が炭化ケイ素(SiC)と窒化ガリウム(GaN)です。省エネルギー次世代半導体材料およびそのデバイス界⾯、薄膜成⻑表⾯での科学的性質の解明・予測を⾏うことは、製造技術の発展に⽋かせません。

 半導体表⾯は原⼦レベルで平坦ですが、ところどころに原⼦レベルの段差があります。表⾯に現れる原⼦ステップの微視的な構造と安定性の理解は、ステップが原⼦反応の場を提供していることから結晶成⻑の素過程の理解において重要です。SiCエピタキシャル成⻑で⽤いられるSiC(0001)微斜表⾯では、特徴的な表⾯ステップのモフォロジーが観察されます。実空間密度汎関数法による計算から図1に⽰すようなSiC(0001)微斜表⾯での原⼦ステップのミクロな原⼦構造を解明し、ステップ形成エネルギーと表⾯ステップのモフォロジー形成についての関連性を⽰しました。原⼦レベルのミクロな量⼦⼒学的解析からマクロな表⾯ステップモフォロジーの形状の説明を可能にした点は画期的なことであります。

 デバイスにおける結晶は完全なものではなく、材料中に存在する⽋陥や不純物の理解もデバイス製造において重要です。ドーパント不純物としては半導体内のドナーやアクセプタとなる原⼦を考えられることとなりますが、GaNパワーデバイスでの良質なp型GaNの作成の基礎となるアクセプタがもたらすサイエンスの理解を進めています。

2. 太陽光発電材料応用へ向けたシリコン半導体ナノ構造の物性・機能の解明

 太陽光発電は再⽣可能エネルギーの⼀つであり、エネルギー問題に貢献ができる半導体テクノロジーです。さまざまな太陽光発電の素材の中でもシリコン系の素材は変換効率が⾼いものではありますが、その変換効率は20%程度に過ぎません。そのため、Siのナノ構造を構築することにより、シリコン系太陽光発電材料の性能向上を図る可能性を密度汎関数計算のアプローチから探りました。太陽光スペクトルの中の可視光から近⾚外線の狭い範囲にある波⻑の光から太陽電池の発電が可能であり、バンドギャップがその波⻑に合うように太陽光発電材料を設計することで発電効率の向上が期待できる点において、バンドギャップの制御が重要になります。

 Siのナノ構造としては、Siとシリコン酸化膜(SiO2)から構成される量⼦井⼾構造と図2に⽰すようなSiO2に埋め込まれたSiナノドットを検討しました。ナノ構造における量⼦閉じ込め効果により、ナノ構造を制御することで図3のようにバンドギャップの⼤きさを制御できることを解明しました。現実のナノドットに近いサイズのモデルを実現するために、図2のような500原⼦以上がユニットセルに含まれる当時では割と⼤規模な系を取り扱いました。

図2: SiO2に埋め込まれた半径1.6 nm のSiナノドットのモデル[K.Seino et al., Nanotechnology 20, 135702 (2009).]

図3:SiO2に埋め込まれたSiナノドットおよび孤⽴Siナノドットの半径に依存したエネルギーギャップ

3. 半導体表面上の金属ナノワイヤの構造とその電子的性質

図4: Si(111)-(5×2)-Au 表⾯の表⾯に起因するバンド からの状態の分布[K.Seino and F.Bechstedt, Phys. Rev. B 90, 165407 (2014).]

 電⼦を⼀次元的な構造に閉じ込めることで現れる新しい物理現象を理解するために、⼀次元電⼦系は盛んに研究がなされてきています。そして、半導体表⾯上の⾃⼰組織化された⾦属ナノワイヤは、⼀次元電⼦系の特異な性質を研究するための理想的な系であり、Siやゲルマニウム(Ge)表⾯上に成⻑した⾦(Au)、⽩⾦(Pt)、インジウム(In)、鉛(Pb)の⾦属ナノワイヤは、その典型例として知られています。このような系において、ナノ構造の微視的な原⼦の並び⽅の違いにより電⼦状態が変化するため、物性の理解が重要となってきます。そのような観点から、量⼦⼒学に⽴脚するコンピュータ・シミュレーションも精⼒的に⾏われてきています。

 Si(111)表⾯のAu原⼦ナノワイヤではいくつかの表⾯再構成の周期性が知られていますが、 図4のような(5×2)の周期を持つ構造については表⾯のミクロな構造が未だ決定されておりません。そこで、さまざまな構造モデルに対しての物性を検討し、実験グループとの共同研究でナノワイヤー構造の変化による⾦属から絶縁体への相転移を解明しました。別な半導体表⾯上の⾦属ナノワイヤ系であるGe(001)表⾯上のAu原⼦ナノワイヤの表⾯構造と電⼦状態も密度汎関数計算で調べ。⾼いAu原⼦の被覆率での新しい構造モデルを提案し、実験を説明できることを⽰しました。

4. Si(001)表面の表面構造と有機化合物吸着による新機能探索

図5: Si(001)表⾯への(R,R)-2,3-ブタンジオールの吸着の模式図[K.Seino and W.G.Schmidt, Surf. Sci. 585, 191 (2005).]

 半導体表⾯への有機分⼦の吸着は、有機材料を⽤いたマイクロエレクトロニクスデバイスへのアプローチとして有⽤です。シリコンの(001)表⾯はダイマーが整列した構造となっており、表⾯のSiダイマーの⼆重結合と不飽和有機分⼦の炭素⼆重結合との間の環化付加反応を⽤い、表⾯ダイマーを利⽤して整列した有機分⼦の層を形成することが可能であることが実験的に⽰されています。半導体表⾯上に多機能な有機化合物を化学吸着させることは、分⼦素⼦や⽣体分⼦吸着などの⼟台として期待ができます。

 私たちは、密度汎関数計算によって、Si(001)表⾯上へのさまざまな有機分⼦吸着の構造、反応機構、電⼦状態の解明を⾏いました。対象とする有機分⼦として、機能として期待できる有機分⼦、図5に⽰すような⽴体異性体を持つ有機分⼦の例(2,3-ブタンジオール)など幅広く検討をしました。また、反射率異⽅性分光(RAS)のスペクトルの計算もいくつかのSi(001)表⾯上の有機分⼦吸着系に対して⾏い、発現するピークの位置の相違を⽰しました。この結果は、実験への指針を与えることとなります。

 有機分⼦吸着系において基板となる清浄表⾯の知⾒も重要です。Si(001)表⾯において、超低温における構造相転移が⼀時期論争になりました。その機構造相転移の機構の解明において、外部からの電界および表⾯への電⼦やホールの注⼊の影響を指摘しました。

5. GaAs(001)表面の表面構造・結晶成長過程

図6: GaAs(001)-(4×6) 表⾯の実験(図(a)および図(b) (c)のA の部分)シミュレーション(図(b)(c)のCの部分)より得られたSTM像と予測される原⼦配置(図(b)(c)のBの部分)[A.Ohtake et al., Phys. Rev. Lett. 93, 266101 (2004).]

 近年の半導体デバイスの微細化・⾼性能化に伴い、表⾯・界⾯の制御の重要性が⾼まる中、半導体エピタキシャル成⻑での原⼦レベルの制御においては、原⼦の微視的な運動、いわゆる動的過程の解明は重要であります。化合物半導体であるガリウム砒素(GaAs)の(001)表⾯での結晶成⻑は、Siよりも幾分複雑になってきます。例えば、Ga終端表⾯とAs終端表⾯が存在します。また、それぞれの終端表⾯において、温度などの条件に伴いさまざまな表⾯再構成構造が表⾯に現れます。

 私たちは、Ga終端表⾯で今までよりも⼤きな周期を持つ(4×6)構造の表⾯の再構成構造を⾛査型トンネル顕微鏡(STM)の実験と計算機シミュレーションにより解明しました(図6)。また、Ga終端表⾯のいくつかの再構成構造に対しての表⾯原⼦の吸着と拡散の機構を明らかにし、これによりAs終端表⾯とGa終端表⾯との双⽅の原⼦レベルの動的過程の知⾒が揃うこととなり、半導体エピタキシャル成⻑の基礎的な機構の理解が深まります。

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